ペットの行く末に悩む高齢者

自分に何かが起きた時、残されたペットはどうなるのか...。こんな不安を抱える高齢者が増えている。孤独を慰めるコンパニオンアニマルの普及などで高齢者が飼うペットは増えたが、飼い主がいなくなった後、ペットを引き継ぐ体勢は整っていない。高齢社会の進行を反映した、新たなペット問題を追った。

「この子の面倒は誰がみてくれるだろう」愛猫を抱き上げる70代のA子さんの心中に不安が膨らむ。

A子さんは、JR松本駅(長野県松本市)近くにこの4月オープンした市営住宅松本駅北団地に猫と共に引っ越したばかり。同団地は公営では極めて珍しいペット共生型の集合住宅で、24戸のうち10戸が50歳以上の単身者限定募集だった。3.6倍の競争率を突破し、「猫と暮らせる家が見つかって良かった」と安堵はしたが、ペットの行く末が不安であることに変わりはない。

A子さんは、転居前に自分が入院した時、猫の世話を頼める相手がみつからず、苦労した経験があるからだ。結局その時はペットショップに預けたが「費用がかさんだ上、猫が極度のストレスで病気になった」ことから悩みが始まった。

一人住まいや夫婦だけの高齢者世帯が増え、ペットを心の支えにする高齢者は増加する一方。社団法人・日本動物病院福祉協会の調査で、動物の世話をするお年よりはしない人よりも運動量が多く、生活に張りを感じていることが明らかになっているが、ペットを飼うことで生じる安らぎ感も大きい。

大事な存在だからこそペットの将来が心配

A子さんが住む松本駅北団地は、こうした効果に注目して誕生した経緯がある。しかし、飼い主が死亡したり入院などで飼育できなくなった場合のペットの扱いについては、「住民同士で話し合ってもらう」(同市住宅課)という認識で、盲点だった。住民組織の「ペット管理組合」が新たな飼い主を探すことも考えられるが、相手が生き物だけに「自分以外の人になついてくれるかどうか...」(A子さん)というやっかいさもある。

事実、高齢者世帯のペットが行き場をなくす例は多い。「飼い主が先立って、猫が残された」「老人ホームに夫婦で入居したが、犬を預ける人がいない」。これは社団法人・日本動物福祉協会に最近寄せられた相談だ。

同協会によると、欧米では飼い主が病気などでペットの世話ができなくなった場合、民間の愛護団体がペットを引き取るシステムが確立されているという。日本でも、新しい飼い主を探す「シェルター」(避難所)を運営している個人やボランティア団体はあるが、「資金もスタッフもぎりぎりで、積極的に引き受けられない(あるグループ)のが実情だ。

飼い主とあらかじめ契約し、万一の時に世話を請け負うという新ビジネスも出始めてはいる。東京都多摩市のマンションにある「猫の杜」はその一例。留守宅の猫の世話を引き受ける「キャットシッターなんり」を運営して来た南里秀子さんが昨年9月に立ち上げた。

飼い主の死亡や病気で世話をする人がいない場合、弁護士を交え相談しておいたけ契約金を飼い主側から受け取り、猫を一生飼育する。費用は猫の年齢などにより様々だが、えさ代やワクチン代、人件費などで一匹最低でも200万円程度は必要。

遺言で資産残す...後を引き受ける業者も

14匹の猫を飼う東大阪市在住の会社員B子さん(35)は、母親(60)と二人で猫の杜に契約を依頼した。きっかけは昨年、B子さんに病気が見つかったこと。病気自体は深刻ではなかったが、「私に何かあったら、母一人ではめんどうを見切れない」と、二人で相談して決めた。費用は2,600万円かかる見込みだが、B子さんの生命保険金でまかなう。相当な高額だが「安心料として二人とも納得している」。

組織的なサポートがまだまだ少ない以上、親戚や友人などにいざという時の沢を頼むケースが多そうだ。ペット問題に取り組む弁護士の渋谷寛さんは「元気なうちに、複数の信頼に足る人にペットの世話をお願いしておくべきだろう。そのためには日頃の付き合いが大切」と話す。ペットのために遺言状を書いた人もいる。埼玉県に住む一人暮らしの小沢うきさん(79)はマルチーズのために公正証書遺言を作った。

自宅の土地を譲る代わりに、財団法人・日本動物愛護協会に世話を頼む内容。これで安心し、「この子のためにも長生きしなくては」と言う気持ちになったという。

将来、ペットを託せる人や施設を確保しておくのは飼い主の責任かもしれない。しかし、対策は始まったばかり。A子さんらの悩みはペットを飼うすべての高齢者に共通なようだ。

日本経済新聞2003年5月23日掲載

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