なぜ使えない後見人制度

判断能力が衰えた人の代わりに第三者が財産管理や契約をする成年後見制度。高齢者が認知症(痴呆症)になっても希望する介護サービスを受けたり、振り込め詐欺や悪徳商法から見を守ったりするのに有効だが、利用は伸び悩んでいるという。

「自分で銀行口座から現金をおろせなくなったら、どうしよう。今のうちに有料老人ホームに入居しようか」。佐野はなさん(仮名、84)は夫と死別して一人暮らし。要介護三の認定を受けた。

慣れた住宅に住み続けたいが、先々の暮らしは不安。そんなときケアマネージャーに「任意後見制度」を勧められた。元気なうちに「後見人」を決めておき、認知症の症状が出るなどしたら生活に必要な手続きを任せ、財産を守る。

社会福祉協議会で説明を受け、東京・多摩地区の専門家でつくる有限責任中間法人「市民のための成年後見センター」と契約することにした。「悩みが解消して気分が晴れた」と明るい表情だ。介護保険のサービスを利用するときなどに成年後見制度が役立つ。最近は、振り込め詐欺などに対抗する一手段としても注目されている。

介護サービスを使わずに、親族の援助も受けずに暮らしていた80代、90代の姉妹。ある日、ケアマネージャーが受託を訪れると、シロアリ駆除や外壁工事などの領収書が20枚以上見つかった。明らかに不要と思えるものもある。残っていた預金は数千円。あわてておいが申立人になり、「法廷後見制度」を利用することにした。

成年後見には、あらかじめ本人が後見する人を決めておく「任意後見」と、判断力が低下したあとに裁判所が選ぶ「法廷後見」がある。法廷の場合は賃貸借契約など法律行為の代行に加え、本人が結んだ契約の取り消しもできる場合がある。家庭裁判所が家計簿を監視するなどして、勝手に不動産を処分するといった不正を防ぐ。

一方、任意後見なら本人がよく知っていて信頼できる人に頼める。「元気なうちに決めれば、安心して望む生活を続けられる」と弁護士の中山ニ基子さん。不正には家裁が選んだ「任意後見監督人」が目を光らせる。

全体の申立件数が2003年度で17086件。増加傾向をたどっているものの、認知症の高齢者が約150万人、潜在的な利用者層は約300万人いるとされるのに比べると伸び悩んでいる。「きちんと後見の手続きをしないまま、家族らが法律行為を代行している人が多いようだ」とニッセイ基礎研究所の阿部崇研究員は指摘する。

何が普及の壁になっているのか。大きく分けて後見人のなり手を探すのが難しいことと、費用だといわれる。自営業だった北山房子さん(仮名、70)は最近、引退を決めると同時に老後の準備を始め、任意後見契約を結んだ。

介護保険の利用や入院、施設入居の手続きなどはめいに頼んだが、「財産管理までは責任が重すぎて自信がない」との返事。そこで預貯金や年金、不動産の管理などは弁護士と契約した。

後見する人の内訳をみると、子供ら親族が全体の約83%を占める。財産目録や生活プランの作成、裁判所への報告など後見の仕事はけっこう複雑。

親族に頼む場合、まず制度をよく理解してもらうことが必要だ。特定の親族が財産を自由にしているといった誤解を招くのが心配なら、後見人意外の子供らにも説明しておかなければならない。専門知識を持つ弁護士や司法書士、社会福祉士らに依頼する道もある。

意外に知られていないが、親族、専門家と契約した北山さんのように複数の人を選ぶことも可能。社会福祉協議会や福祉公社など法人も後見人になれる。

コストはどうか。親族に頼むと費用がかからない例が多いが、専門家なら月3万円程度が目安。契約したらすぐ払うわけではなく、費用が発生するのは認知症の症状などがあらわれて後見の実務がスタートしてからだ。

とはいえ申し立ての経費も加えると、決して安くはない。例えば申し立てのとき医師に判断力の鑑定を頼むと、通常、5万円から15万円ほどかかる。

自治体のなかには厚生労働省と共同で、費用を援助しているとこがある。経済的な理由で制度を利用できない重度の認知症高齢者で、身寄りがなく、市町村長が申し立てをする場合、資産や収入に応じて法定後見人の報酬、申立費用を助成する。

司法書士で構成する社団法人成年後見センター・リーガルサポートの「公益信託 成年後見助成基金」は、親族でない人が成年後見人に就いていて一定の条件を満たす人が対象。2004年度は10人に月1万円を最高3年まで助成、2005年度はつき2万円を上限に募る予定だ。東京都が申立費用を補助するといった計画もあるが、より使いやすい支援が求められている。

わざわざ法的な後見人を設けなくても、いざとなったら家族が面倒をみてくれるとの認識は根強い。しかしリーガルサポートによると、高齢者の財産管理の不安を訴える相談では、頼れるはずの子供と同居しているケースも目立つという。

「正月に帰省したとき、『一緒に住んでいる息子に実印や通帳を預けたら、外出や買い物も自由にできなくなった』と親に泣きつかれた」「そばで暮らす兄が親の財産を使ってしまうのをどう防げばよいか」。 司法書士の木村一美さんは「親族への不信感が原因のトラブルは多い」と指摘する。

また金融機関では本人確認を強化しており、窓口の対応が厳しくなってきた。認知症の親に代わって入院費を引き出そうとしたところ「成年後見人をつけてほしい」として、断られたという例もあるという。信頼できる人に託しても、後見契約などを結ばない口約束では必ずしも安心できない。

任意後見の準備では、老後の生活を具体的にイメージしておくことが第一歩。自宅に住み続けたいか、生活が不自由になったら施設に入居したいか、子供に頼りたいかといったことだ。そして後見人に自分の希望をはっきり伝え、どんな手続きを頼むか、契約の内容を定める。

日本経済新聞2005年1月30日掲載

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