勲章

S原君はぼくがショート・ステイでホームに来たときには、すでにロング・ステイで数少ない男性入居者として姿を見せていた

年輩は正確なことはわからないが70歳代の初めのころであろうか
大変気さくで食堂では皆が使った食器のあと片づけをしていた
誰かに頼まれたわけではなくただ自発的に奉仕しているのであるが、彼には「奉仕」などという意識はなくまったく無償の振る舞いであると私は見ている

身なりにも全く関心がなく、暑くなっても冬の上っぱりを平気で着つづけている
そしてその上っぱりのポケットには、勲章がいっぱい入っている
「勲章」というのは食卓にそなえてあるティッシュ・ペーパーで彼はそれをちぎってポケットにおさめているのである。ポケットのペーパーは何に使われるのかそれは私にはわからない

S原君に聞いてもはっきりした答えは得られまい
ただポケットにたまったペーパーが風にヒラヒラとなびいてそれがS原君の勲章のように見えるのである

そのS原君がもう二ヶ月以上食堂に姿を見せなくなっている
ホームの職員に聞くと病院に入っているらしい
詳しいことはわからないが最後に会ったころには食がうまく摂れてないようであった。栄養不足になっていたとも想われる
一日も早くホームに帰って来てほしい
そして「勲章」をみせびらかしてほしい

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