音楽セラピー効果とは?

音楽を老人性認知症などの治療に役立てる「音楽療法」が普及し始めた。特別な資格を持った音楽療法士が、歌や楽器を通じて患者とコミュニケーションを取ることで、症状の改善を狙っている。この療法を専門に手がける音楽療法士を養成する学校や自治体も増えてきた。将来、高齢化が更に進むと、その活躍の場は更に広がりそうだ。

音楽療法士のKさんは毎週金曜日に千葉県にある老人保健施設に出かける。満足に話ができないくらいに重症の認知症患者や機能障害を持つ高齢者を対象に音楽療法を試みている。

まずは高齢者一人一人の手を取って、「こんにちわ」と呼びかける。その後、症状に合わせて、和太鼓などの簡単な打楽器をたたいてもらったり、「お~い」といった簡単な発声の練習をさせたりする。

「桃太郎」などの唱歌を歌い始める頃には、認知症の患者と皆と一緒に手をたたいて喜ぶ姿が見られるという。「若い時の曲を歌えば、その頃の気分に戻れる。脳の中の記憶を歌で引き出す感覚」とKさんは言う。明治・大正期の歌から現代の歌謡曲までレパートリーは広い。

音楽の力で心のケア

Kさんは非行少年などを教育・保護する施設である教護院にも出かけていく。ドラムを演奏させることで、心の内にこもった感情を発散出来るようにした。耳をつんざくような激しいドラムの音に、ピアノの伴奏を合わせることで「一種の信頼関係が生まれる」という。Kさんが教えていた1年間、校内暴力は起こらなかったという。

音楽療法は、歌や楽器を使って症状を改善させる治療法だ。対象は認知症や自閉症など心に薬を使わず心理学的なアプローチで心のケアを目指している。

東京世田谷区で音楽工房を主宰する音楽療法士のNさんは「音楽は色々な感覚を刺激するので、人の情報処理能力を高める効果がある」と説明する。

手術の苦痛を和らげる

音楽療法の効果を調べる研究も進んでいる。「脳脈や血流、ホルモン分泌に影響を与えるというデータが出ている」とS精神科医長は話す。「手術中に音楽を流して苦痛を和らげるといった応用も広がっている」という。

音楽療法士は米国が先進国。1950年代には既に音楽療法士が国家資格になっており、養成コースも充実している。一方日本では、民間の全日本音楽療法連盟が認めた任意資格が代表的。約350人の音楽療法士が認定されているが、国家資格ではなく医療保険は適用されない。

福祉施設に無料派遣

公的な資格がない日本では、1部の自治体や学校が独自に音楽療法士を育成しているのが現状だ。 奈良市では講習会を開いて療法士を育成し、市内の福祉施設に無料で派遣している。「現在は12人が活躍中」(奈良市・社会福祉協議会)だ。 岡山県のくらしき作陽大学では、音楽療法士を目指して1年生30人が勉強している。短期大学や専門・専修学校でも、音楽療法士育成コースを設ける例が増えている。

病院や福祉施設には徐々に音楽療法が浸透し始めている。国立・神経センター武蔵病院では認知症やてんかんなどの患者に歌や楽器を使った治療を30年間続けている。音楽療法士を育成している東京国際音楽療法専門(所沢市)では、依頼に応じて卒業生を施設に派遣している。

日本経済新聞 2000年9月18日掲載

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